| 訪れる世界遺産 |
豆知識 |
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中国甘粛省敦煌市の南東約25キロメートルにある鳴沙山東端の断崖に築かれた大規模な石窟群。
雲崗石窟(山西省大同市)、龍門石窟(河南省洛陽市)と並ぶ中国三大石窟のひとつで、石窟の内部には約2500体の仏像や壁画などが遺されている。
366年、僧侶の楽によって築造が始められ、それから約1000年もの間、元の時代に至るまで造営が続けられたという。窟の数は現存するものが492窟あり、現存する最古のものは第268、272、275窟の北涼窟で5世紀の造営と推定されている。
北魏窟(500年前後)西魏窟(6世紀前半)がこれに続く。
莫高窟の仏教芸術は、十六国、北魏、西魏、北周、隋、唐、五代、宋、西夏、元など歴代の王朝文化や、シルクロードを行き交ったさまざまな民族の多様な文化を映し出すもの。
石窟の構造には禅窟、殿堂窟、塔廟窟、穹隆頂窟、影窟など、塑像の様式には浮塑、影塑、善業塑などがあり、壁画には経変画、故事画、建築画、山水画、供養画、動物画などがある。
壁画の総面積が4万5000平方メートル以上におよぶこの莫高窟は、「砂漠の大画廊」とも呼ばれる。
内部は石質が粗い礫岩であるため、四壁と天井を漆喰で塗り、その上全体に壁面を描き塑造の仏像を安置している。
安置される仏像類は2415尊にのぼり、例外的な石彫を除き鮮明な彩色が施されている。
(1987年世界遺産登録:文化遺産) |
| 莫高窟 |
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紀元前514年、呉国の王により作られ、すでに2500余年の歴史があり、今なお西施(中国の美女)等の人物に関わる古跡をとどめている蘇州。
その庭園(園林)の美しさが有名で、水路のある景色とあいまって「東洋のベニス」とも呼ばれている。
蘇州にある拙政園は、規模の大きな江南庭園で、内部には白黒の落ち着いた配色の中国式建築やあずまや、回廊などと、蓮の咲き乱れる池とのバランスが非常に美しい。
(1997年、2000年世界遺産登録:文化遺産) |
| 蘇州古典園林(拙政園) |
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遼寧省瀋陽市にある後金(清の初期の国号)の皇帝ヌルハチとホンタイジの皇宮跡。
1625年に着工、1636年に完成したとされる。総面積は約6万平方キロメートルで、北京故宮の約12分の1。
敷地内には約90の建築物と約20の庭園がある。漢民族、満州民族(マンジュ)、モンゴル民族の建築様式が融合しており、北京故宮とは異なる歴史的意義と独特の味わいを備える。
ヌルハチ時代の建築物がある東院、ホンタイジ時代の建物が並ぶ中院、北京遷都後に離宮とされた時代の西院とで構成される。現在は、瀋陽故宮博物院として一般に公開されている。 |
| 瀋陽故宮 |
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清の第2代皇帝である太宗ホンタイジと、その皇后である孝端文皇后博爾済吉特氏の陵墓のある公園。
二人の陵墓を「昭陵」といい、瀋陽市街の北郊に位置することから、またの名を「北陵」という。
関外三陵の中では規模が最大のもので、崇徳8(1643)年に陵の造営が開始され、8年の歳月をかけて順治8(1651)年に完成した。
その後、康熙帝・乾隆帝らにより改修がたびたび行われた。
敷地面積は18万uで、周りには周壁がめぐらされている。中華人民共和国成立後、楼閣が新たに造られ、人口湖を造って北陵公園として市民に開放した。
(2004年世界遺産追加登録:文化遺産) |
| 北陵公園 |
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中国に現存する最大の古代庭園(園林)である頤和園。「万寿山」、「昆明湖」の二大風景区から構成されており、総面積は290ヘクタールで、そのうちの水域が占める面積はおよそ四分の三。
園内にはあずまや、楼閣、宮殿、寺、仏塔、回廊、土手、石橋など100ヶ所余りの民俗特色あふれる古代建築のほか、広大な昆明湖、高くそびえる万寿山などもある。
1860年、英仏連合軍に焼き払われ、その後修復されたとき現在の名前「頤和園」となり、1900年には八国連合軍によって破壊され、1902年に修復され、現在の規模になった。
(1998年:文化遺産) |
| 頤和園 |
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もとは紫禁城と呼ばれたが、清朝滅亡後は「かつての皇宮」の意で「故宮」と呼ばれるようになった。
元が造った宮殿を明の永楽帝が改築したもの。1420年から1911年の溥儀の退位まで、およそ500年にわたり政治の中心地だった。
総面積は約72万平方キロメートル。周囲を高さ約10メートルの城壁と幅約50メートルの濠に囲まれている。
内部には宮殿、楼閣など多くの建築物や庭園があり、総部屋数は7000とも9000ともいわれる。
太和殿、中和殿、保和殿を中心とする外廷と、乾清宮と交泰殿を中心とする内廷に分けられ、南側に位置する外廷を政治の場、北側に位置する内廷を皇帝の生活の場として厳密に区別した。
有名な天安門は、紫禁城の正門。1417年の建設当時は承天門と呼ばれたが、1651年に天安門と改称。
溥儀の生涯を描いた映画『ラストエンペラー』(1987年公開)は、世界で初めて紫禁城でロケを行なった作品
(1987年世界遺産指定:文化遺産) |
| 故宮 |
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万里の長城は紀元前7世紀の春秋時代から明代まで、約2000年以上に渡り造成を重ねてきた。
現存するものの大部分は、明代の建造で、総延長約6000キロの世界最大の城壁で、衛星写真でもはっきりと見ることができる。
現在の形の長城は秦の時代に、各国で作られていたものををつなぎ合わせた「秦の始皇帝」がその始まりで、その後、特に漢、明時代に堅固な城壁が作られた。
いずれの時代にも、中国全土からあまたの農民が駆り出され、長城建設のために過酷な労働を強いられた。
数千年にわたる歴史の影で犠牲になった人びとの悲しみは、「孟姜女の伝説」(長城建設に徴用された夫の死を知った孟姜女が、城壁のそばで2日3晩泣き続けたところ、城壁が崩れて夫の遺体が現れたという)として語り継がれている。
(1987年世界遺産登録:文化遺産) |
| 万里の長城 |